朝鮮日報一族のお嬢様が運転手に吐いた言葉(ニュースde韓国語#045)


パン・ジョンオTV朝鮮代表取締役専務が、最近浮上した「子どもの暴言問題」で(11月)22日、辞任すると発表した。

小学校3年生の自身の娘が、家族に随行する運転手に暴言を吐いたという報道が出てから1日後のことだ。

방정오 TV조선 대표이사 전무가 최근 불거진 ‘자녀 폭언 논란’으로 22일 사퇴한다고 밝혔다. 

초등학교 3학년인 자신의 딸이 가족을 수행하는 운전기사에게 폭언을 했다는 보도가 나온지 하루 만이다.

TV朝鮮がこの日発表したプレスリリースで、パン専務は「私の子どもの問題で物議をかもした点、頭を下げて謝罪する」として「子どもの問題に対する責任を痛感し、代表職から退く」と述べた。

TV조선이 이날 발표한 보도자료에서 방 전무는 ”제 자식 문제로 물의를 일으킨 점 머리 숙여 사과드린다”며 ”자식 문제에 대한 책임을 통감하고 대표직에서 물러난다”고 밝혔다.

パン専務はパン・サンフン朝鮮日報社長の次男だ。 パン専務が明らかにした立場の全文は次の通り。 

 방 전무는 방상훈 조선일보 사장의 차남이다. 방 전무가 밝힌 입장 전문은 다음과 같다.

私の子どもの問題で物議をかもした点、頭を下げて謝罪します。 
子どもをまともに教育できなかった私を責めてください。 
運転手の方にも心の傷を与えたことについて、再度お詫び申し上げます。 
私は責任を痛感し、TV朝鮮代表職から退きます。パン・ジョンオ 
 제 자식 문제로 물의를 일으킨 점 머리 숙여 사과드립니다. 
자식을 제대로 가르치지 못한 저를 꾸짖어 주십시오. 
운전 기사분께도 마음의 상처를 드린데 대해 다시 사과 드립니다. 
저는 책임을 통감하며 TV조선 대표직에서 물러나겠습니다. 방정오

前日(21日)メディア専門媒体「メディアオヌル」は、パン専務の娘の暴言の録音を報道した。 パン専務の夫人と子どもたちの通学などに随行した50代後半の運転手に、パン専務の娘がぞんざいな言葉と暴言を続けたという内容だ。

 전날(21일) 미디어 전문매체 미디어오늘은 방 전무 딸의 폭언 녹취록을 보도했다. 방 전무의 부인과 자녀들의 통학 등을 수행하던 50대 후반 운전기사에게 방 전무의 딸이 반말과 폭언을 일삼았다는 내용이다.

「おい」「おまえ」のようなぞんざいな言葉は常だった。

小学生が50代後半の運転手に「今日はママに本当の話するから。話しておっさんクビにするから」「おっさんクビ。まじ頭おかしいんじゃねーの」 「あたしがやさしく言ってあげてんだろ。あたししかおっさんにこう言ってあげる人いないんだけど?」 「やだっつってんだろ。何であたしが座らないといけないわけ? あたしの車なんだけど。おっさんの車じゃねえんだよ」などの言葉を浴びせた。

 ‘야’, ‘너’ 같은 반말은 예사였다.

초등학생이 50대 후반 운전기사에게 “내가 오늘은 엄마한테 진짜 얘기를 해야겠어, 얘기해서 아저씨 잘릴 수도 있게 만들 거야”, “아저씨는 해고야. 진짜 미쳤나 봐”, “내가 좋게 얘기하고 있잖아 지금. 나밖에 아저씨한테 이렇게 얘기해주는 사람 없어”, “싫다고 했지 내가. 내가 왜 앉아야 돼. 내 차야. 아저씨 차 아냐” 등의 말을 쏟아냈다. 

運転手のキム氏は10月24日に解雇通告を受け、別の仕事が決まるまで1カ月ほど時間を与えると言った言葉とは異なり、26日、すぐに解雇されたとこのメディアは伝えた。

운전기사 김씨는 10월24일 해고 통보를 받았고, 다른 직장을 구할 때까지 한 달 가량 시간을 주겠다던 말과는 달리 26일 곧바로 해고됐다고 이 매체는 전했다.

原文:

ちょっと解説

日本でもテレビなどで報じられて話題になった、朝鮮日報グループの娘の暴言。

 もとはメディア業界の動向を報じる媒体「メディアオヌル」が報じました。 

YouTubeでその録音が公開されていますが、年齢による上下関係が絶対的な韓国で、小学生の娘が50代の運転手に吐いている暴言は、かなりあり得ないレベルです。 

朝鮮日報は、ご存じ、韓国で最大部数を誇る新聞です。韓国ABC協会によると、2018年は約145万8000部を発行しています。

論調は保守的なことで知られ、主に富裕層、年配層に支持されていることから、若年層には目の敵にされている新聞でもあります。 

歴史をたどると、1920年に東亜日報とともに発刊を許可された、現存する韓国最古の新聞です。

 日本の植民地時代、1919年3月1日に全土で日本への独立運動「3・1運動」が起きますが、この年に朝鮮総督府では海軍出身の斎藤実が朝鮮総督に就任。民族主義の弾圧重視の統治から、民族主義を部分的に許容する政策に転換します。朝鮮人資本の新聞発行許可は、「文化政治」と呼ばれるこの時代を象徴する出来事でした。 

朝鮮日報はもともと「大正実業親睦会」という朝鮮貴族や実業家などの親睦団体が発行していましたが、経営難で経営者が次々と変わり、1933年に資本家で独立運動の支援などをしていた方応謨(パン・ウンモ)が第9代社長に就任し、そのまま解放後も経営に携わります。

方は1950年の朝鮮戦争でソウルに侵攻した北朝鮮軍(朝鮮人民軍)に連行され、そのまま行方不明になります。方には子どもがいなかったため、養子だった方一栄が後を継ぎました。 

パン・ジョンオ社長はその孫にあたり、朝鮮日報が2011年に開局したケーブルテレビ局(総合編成局=総編と呼ばれます)「TV朝鮮」の代表取締役専務を務めていました。妻は水原大学総長の娘。兄は朝鮮日報副社長というメディア一族です。

日本では新聞社の経営陣というとサラリーマンが一般的ですが、古参メディアの朝鮮日報は、親族間の株式相続によって経営権を握っており、大韓航空など、話題になった財閥一族とまったく同じ構造と言えます。

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